こんにちは。兵庫県姫路市の歯医者、溝井歯科医院 院長の溝井優生です。歯科医院で、「大きなむし歯なので、歯の根の治療(神経の治療)が必要ですね」と宣告され、不安な気持ちになった経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
「根の治療って、痛そう…」「何度も通わないといけないって聞くし、大変そう…」
確かに、歯の根の治療(専門的には「根管治療」といいます)は、歯科治療の中でも特に複雑で、時間のかかる治療の一つです。しかし、この治療は、放置すれば抜歯するしかなくなってしまうような、深刻なむし歯からあなたの大切な歯を救い出すための、「最後の砦」ともいえる、非常に価値のある治療なのです。
そして近年、この根管治療の成功率を劇的に向上させる「精密治療」という考え方が、スタンダードになりつつあります。今回は、むし歯がどのように進行し、なぜ根の治療が必要になるのか、そして、その成否を分ける「精密治療」とは一体何なのか、詳しく解説していきます。
目次
- むし歯の進行と「歯の神経」の関係。どこから根の治療が必要になる?
- 「歯の根の治療(根管治療)」とは?歯を残すための最後の手段
- なぜ根の治療は何度も通うの?歯の根の中の複雑な構造
- 治療の成否を分ける「精密治療」。従来の治療との決定的な違い
- 精密根管治療を支える3つの柱:マイクロスコープ・CT・ラバーダム
- まとめ
1. むし歯の進行と「歯の神経」の関係。どこから根の治療が必要になる?
「歯の根の治療」が必要になるかどうかは、むし歯が歯のどこまで進行したかによって決まります。むし歯の進行度は、C1~C4のステージに分けられます。
- C1:エナメル質のむし歯 歯の表面のエナメル質が溶け始めた初期段階。痛みなどの自覚症状はほとんどありません。
- C2:象牙質のむし歯 エナメル質の内側にある象牙質まで進行した状態。冷たいものや甘いものがしみるようになります。この段階であれば、むし歯の部分を削り、詰め物をする通常の治療で完了します。
- C3:歯髄(神経)まで達したむし歯 むし歯が、歯の中心部にある「歯髄(しずい)」、すなわち歯の神経や血管が詰まった組織にまで到達してしまった状態です。細菌が神経に感染し、激しい炎症(歯髄炎)を起こすため、「何もしなくてもズキズキ痛む」「夜も眠れないほど痛い」といった、強い自覚症状が現れます。このC3のステージに至ってしまった場合、「歯の根の治療(根管治療)」が必要になります。
- C4:歯の根だけが残った状態 歯の頭の部分(歯冠)がむし歯でほとんど溶けてなくなり、歯の根だけが残った状態。神経は死んでしまい、痛みは一旦なくなりますが、感染は根の先の骨にまで広がり、膿の袋を作ることがあります。
2.「歯の根の治療(根管治療)」とは?歯を残すための最後の手段
根管治療は、痛みを引き起こす治療ではなく、痛みの原因である、細菌に感染して死んでしまった、あるいは死にかけている神経や血管を、歯の中から完全に取り除く治療です。そして、歯の根の中を徹底的に洗浄・消毒し、再び細菌が入り込まないように薬剤で密閉することで、歯そのものを保存し、再び噛めるようにする、非常に重要な治療です。
【根管治療の基本的な流れ】
- むし歯と、感染した神経を丁寧に取り除く。
- 「ファイル」という専用の細い器具で、歯の根の管(根管)の壁を清掃し、形を整える。
- 根管の中を、薬剤を使って何度も洗浄・消毒する。
- 根管の中が完全にクリーンになったら、再感染を防ぐための薬(ガッタパーチャ)を隙間なく詰める。
- 最後に、被せ物(クラウン)の土台を立て、クラウンを被せて治療完了。
この治療により、本来であれば抜くしかなかった歯を、再び機能させることができるのです。
3. なぜ根の治療は何度も通うの?歯の根の中の複雑な構造
「根の治療は、なぜ1回で終わらないの?」これは、患者様から最もよくいただく質問の一つです。その答えは、歯の根の中の「根管」が、非常に複雑で、入り組んだ構造をしているからです。
歯の根の中は、単純な一本の管ではありません。木の根のように、主となる太い管から、網の目のように細い枝が分岐していたり、途中で大きく湾曲していたりします。その複雑な形態の隅々にまで感染が広がっているため、全ての汚染物質を一度の治療で完全に取り除くことは、極めて困難なのです。
もし、ほんのわずかでも細菌の取り残しがあれば、数ヶ月後、数年後に、根の先で再び膿の袋を作り、痛みや腫れが再発してしまいます。そうならないために、私たちは根管の中に消毒薬を入れ、時間をかけて、確実に無菌化するステップを踏みます。この、徹底した洗浄・消毒のプロセスに、どうしても複数回の通院が必要となるのです。
4. 治療の成否を分ける「精密治療」。従来の治療との決定的な違い
根管治療は、歯科医師の技術と経験が、治療の成功率に大きく影響する治療です。なぜなら、先述した複雑な根管は、直径1mmにも満たない、非常に暗くて狭い空間だからです。
従来の、歯科医師が「肉眼」だけで行う治療は、いわば“手探り”の状態に近いものでした。見えない部分の汚れや、枝分かれした細い根管を見逃してしまうリスクが、どうしても存在しました。
それに対し、「精密治療」は、最新の医療機器を駆使することで、この暗くて狭い空間を「明るく、拡大して、確実に見る」ことを可能にします。これにより、勘や経験だけに頼るのではなく、科学的な根拠に基づいた、精度の高い治療を行うことができるのです。精密治療によって、根管治療の成功率は劇的に向上し、再治療のリスクを大幅に低減させることができます。
5. 精密根管治療を支える3つの柱:マイクロスコープ・CT・ラバーダム
当院でも導入している、精密根管治療を支える代表的な医療機器をご紹介します。
- マイクロスコープ(歯科用顕微鏡) 治療の視野を、最大で20倍以上にまで拡大できる、精密治療の要です。肉眼では決して見ることのできない、根管の入り口や、内部の汚染物質、さらには歯の微細なヒビ(マイクロクラック)まで、明るく照らし出して、はっきりと確認することができます。これにより、汚染物質の取り残しを最小限に抑え、治療の精度を飛躍的に向上させます。
- 歯科用CT 従来のレントゲンが二次元的な平面の画像なのに対し、CTは三次元的な立体の画像で、歯や骨の構造を把握することができます。治療を始める前にCT撮影を行うことで、根管の数、走行、湾曲の度合いといった、複雑な内部構造を事前に正確に把握できます。これにより、精度の高い治療計画を立て、見逃しを防ぎます。
- ラバーダム防湿 治療する歯だけを露出させる、ゴムのシートです。治療中に、細菌が数多く含まれる唾液が、無菌化すべき根管の中に侵入するのを防ぐために、絶対に不可欠な処置です。また、根管の洗浄に使う消毒薬が、お口の粘膜に触れるのを防ぐ役割もあり、治療の安全性と成功率を格段に高めます。
6. まとめ
むし歯が神経まで達してしまった歯を救うための「歯の根の治療(根管治療)」。その成功の鍵は、いかに精密に、そして確実に行うかにかかっています。
- C3(神経まで達したむし歯)になったら、根管治療が必要。
- 根管治療は、歯を抜歯から救うための、価値ある治療である。
- 治療に回数がかかるのは、複雑な根管内を確実に無菌化するため。
- 「精密治療」は、マイクロスコープやCT、ラバーダムなどを駆使し、治療の成功率を劇的に向上させる。
根管治療は、歯の寿命を左右する、非常に重要な基礎工事です。もし、あなたが「根の治療が必要です」と言われたら、それは「歯を失う」という宣告ではなく、「歯を残すためのチャンス」が与えられた、ということです。その大切なチャンスを最大限に活かすためにも、ぜひ「精密治療」という選択肢があることを、覚えておいてください。